髄膜腫

髄膜腫は最多の良性脳腫瘍であり、無症候性のうちに脳ドックなどで発見されたり、外傷を契機にたまたま指摘されたりする機会も増えてきたように思います。髄膜腫と一口に言っても、部位や病理学的なグレードにより治療戦略は大きく異なります。

髄膜腫治療の基本方針

髄膜腫は比較的画像による診断が付きやすい腫瘍であり、その95%程度は良性(WHOグレード1)の腫瘍です。このため、神経症状を呈していないものに対する積極的治療は基本的に勧められません。個人的には、無症候性の比較的小さい(25mm以下)髄膜腫に対して積極的治療が考慮されるのは以下の限定的な状況であると考えています。

  1. 視神経管近傍の腫瘍
  2. 若年者で、経過観察の結果増大が予想より早い(目安は3mm/年以上)
  3. 周囲脳浮腫進行
  4. 手術難易度が比較的高いと予想される場合、或いは手術をなるべく回避した場合で、画像診断に基づいてガンマナイフなどの定位放射線治療を希望される場合

視神経管に近接する前頭蓋底髄膜腫の例

一方で、有症状の髄膜腫においては積極的治療が勧められます。手術の方法は腫瘍の部位やサイズ、担当医の流派、考え方によっても様々ですが、概要としては以下のようになります。

  1. 頭蓋冠部、上矢状静脈洞、大脳鎌近傍のもの:腫瘍の直上を開頭します
  2. 蝶形骨縁・中頭蓋底・眼窩のもの(=内頚動脈・視神経より外側):前頭側頭開頭が基本で、状況により頬骨弓や眼窩外側の骨を一部外すような頭蓋底アプローチが必要です
  3. 嗅窩部・鞍結節部など、前頭蓋底で内側よりのもの(=内頚動脈・視神経より内側) :大きさにもよりますが、内視鏡を用いた経鼻手術が可能です
  4. 海綿静脈洞部:前頭側頭開頭で治療されることもある一方、進展状況により内視鏡を用いた経鼻アプローチも可能となりますが、いずれにせよ手術のみでの全摘出が難しいため、亜全摘に放射線治療を加えることが多いです
  5. 後頭蓋窩で外側よりのもの:後頭蓋窩開頭が基本で、状況により側頭骨錐体部を削除するような頭蓋底アプローチが必要です
  6. 後頭蓋窩で内側よりのもの:大きさにもよりますが、内視鏡を用いた経鼻手術が可能です
  7. 脳室内:機能的にあまり重要でない部分の脳皮質を少し切り込む形のアプローチで、内視鏡または顕微鏡を用いて行われます
  8. 小脳テント部:後頭部の開頭を経由して行われますが、下方経由(後頭蓋窩開頭)か上方経由(後頭葉大脳半球間裂アプローチ)か、或いは両方必要かは状況により決定します

神経内視鏡を用いた頭蓋底髄膜腫の低侵襲治療

近年、内視鏡技術の発展とともに、髄膜腫でも神経内視鏡を用いた低侵襲手術の適応となるものが増えてきました。現在部分的な応用も含めると色々なものに適応可能となってきていますが、代表として挙げられるものは前頭蓋底・後頭蓋窩のもので、真ん中よりに発生する髄膜腫です。これらは経鼻内視鏡手術にて対処可能です。

経鼻内視鏡手術では、皮膚を大きく切ったり髪の毛を剃ったりする必要は一切なく、鼻の穴から全ての操作が完結します。このため開頭手術に比べると低侵襲であると言えます。術中ナビゲーション神経機能モニタリングを駆使し、神経機能温存に配慮した手術となります。

また低侵襲性の利点のみならず、経鼻内視鏡手術では腫瘍の発生母地となる頭蓋底硬膜を切り取れるという利点もあり、再発率という点でも有利な可能性があります。

基本的な手術方法は下垂体腺腫に対する経鼻内視鏡手術と同様ですが、腫瘍の進展範囲に応じて外側・頭尾方向に展開を拡大する必要があるため、篩骨洞という副鼻腔を部分的に削除したり、蝶形骨洞の開放範囲を拡大する必要があります。一方で中鼻甲介や下鼻甲介を切除する必要はほとんどありません。術中に脳の周囲を灌流している水(脳脊髄液)が必ず流出しますので、足を数cm切開して大腿筋膜と脂肪を採取し、硬膜欠損部を補填する必要があります。また状況に応じて術後2-3日の間、髄液漏予防目的に、頭蓋内圧を低く保つための管を腰に留置することがあります(腰椎ドレナージと言います) 。

開頭手術に比べると利点が多い方法ではありますが、術後髄液漏の発生には気を付けなければなりません。

以下に神経内視鏡手術例をお示しします。なお、これらはあくまでも一例であり、内視鏡手術の適応となるかどうか、また手術が成功するかどうかは個々の症例によることにご留意ください。

脳幹の強い圧迫により嚥下障害を来した後頭蓋窩髄膜腫の例

視野障害を来した前頭蓋底髄膜腫の例

髄膜腫に対する術前栄養動脈塞栓術

髄膜腫は血流に富んだ腫瘍であり、何も考えずに摘出しようとすると大出血に見舞われることがあります。一般的に髄膜腫は頭の軟部組織から栄養動脈を受けていることが多く、代表的なものは中硬膜動脈(頭蓋冠部)、上行咽頭動脈(斜台部)、顎動脈の分枝(中頭蓋窩・蝶形骨眼窩部)、眼動脈の分枝(前頭蓋底部)、硬膜下垂体動脈幹(錐体斜台部)などです。これらの中には予め血管内治療によって閉塞させることが可能なものがあり、術中出血の低減に貢献することがあります。ただし、腫瘍塞栓自体も一定のリスクを孕む治療行為ですので、本当に必要かどうかは適応をよく検討しておく必要があります。

上に挙げたケースでは、最初の例で硬膜開窓部よりも外側から栄養動脈が入っていることが3Dシミュレーションにて想定されました。そうなると手術単独では摘出に先立って栄養動脈を処理することが困難と考えられ、術前塞栓術を併用しています。実際に、摘出中に出血に見舞われることはほとんどありませんでした。一方で二例目では、栄養動脈は同定できましたが、眼動脈の分枝であり塞栓による視神経への合併症が懸念されたこと、また手術中に予め焼灼処理することが可能と判断できますので、塞栓術は付加しませんでした。

髄膜腫に対するガンマナイフ治療

ガンマナイフは定位放射線治療の一つで、いわゆる普通の放射線治療(分割照射と言います)に比べ、単回で高線量の治療が行え、かつ周囲被曝が少なく済むという利点があります。髄膜腫はガンマナイフがよく効く腫瘍の代表格で、病理学的良性とされるグレード1の腫瘍、または臨床的に明らかに良性の経過を辿っている腫瘍であれば、辺縁13-15Gyの照射で10年制御率80%程度を達成できます。特に頭蓋底髄膜腫で制御が良好(10年制御率90%弱)であり脳神経機能の温存も高率に可能とされていますが、頭蓋冠部や大脳鎌周囲の髄膜腫でも十分に良好な腫瘍制御(10年制御率70-75%)を達成できます(J Neurooncol. 139:341–348, 2018、J Neurosurg. 114:1392-1398, 2011など)。手術に比べて高齢者でも低侵襲的に治療が行えるメリットがあります(Hasegawa et al. Oper Neurosurg. 14:341–350, 2018)。

良性でない髄膜腫(グレード2または3)に対する治療戦略

残念ながら髄膜腫にはごく僅か(1割以下)に良性とは言えないものが混ざっています。これらは臨床的にも増大傾向が強く浮腫を伴い易いといった特徴がありますが、手術により腫瘍を切除し、病理学的に検討することで初めてグレードが決定します。

グレード2(異型髄膜腫)は、グレード1に比べて局所的にしつこく再発してくる傾向があります。まず手術により出来る限り腫瘍を摘出するのが第一歩ですが、病理学的にグレード2と確定した場合には後療法をどうするかということが問題となり、実はこれにはまだコンセンサスが存在しません。ただ、近年のヨーロッパにおける大規模後方視的研究(Neuro Oncol. 19:1263-1270, 2017)の結果としては、全摘出が行えなかった群において術後放射線治療が生存期間の延長に繋がったという報告があり、私としても、全摘出が達成出来たら経過観察→再発した時点で追加治療、亜全摘にとどまった場合には予防的放射線治療、という戦略が良いのではないかと考えています。放射線治療のモダリティとしては通常の分割照射、ないしはガンマナイフ等の定位放射線治療が挙げられますが、私がメイヨークリニック時代に解析した限りでは、分割照射既往があるとその後の再発において腫瘍制御率や全生存期間が低下し、放射線有害事象も生じやすいことが分かりました(Hasegawa et al. J Neurooncol. 155:335-342, 2021)。ガンマナイフでは、照射部辺縁からの再発率は低いとは言えず、治療が複数回にわたる可能性がありますが、一方できちんと画像フォローさえ行っていれば単回局所治療のみで対応していけるのが強みとも言えます。ガンマナイフのみで対応した例の10年生存率は8割と良好であったことも踏まえると、ガンマナイフを主軸に据えた治療戦略が有効な手段ではないかと考えています。この辺りは今後とも検討を重ねていく必要があると思います。

グレード3(退形成髄膜腫)は悪性腫瘍で、良好な摘出が得られたとしても再発はありえます。硬膜の別の場所に発生したり、肺などに転移を来し、制御困難となることもしばしばあります。グレード3であることが判明した場合、術後に予防的分割照射を行っておくことをお勧めします。術後放射線治療の効果としては、再発が減ることはほぼ確実ですが、生存期間延長に繋がるかどうかに関してはまだ議論があるところです(Clin Transl Oncol. 23:205-221, 2021)。

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